2019年4月23日火曜日

追悼会

今年の追悼会は、区議会議員選挙の前日でもあり、区議会議員の方の参加が少ないとの予想通り、多い年で150名の参加者でしたが、130名の参加でした。区長は選挙がありましたが参加くださりました。天気に恵まれ、芝生には多くの家族と若者がくつろぐ中で行われました。
小田代表の挨拶
高野区長挨拶
地元町会の挨拶
牧師様よりお言葉
元大正大学学生の小林住職の読経
青山さんの空襲体験のお話
ききみみずくの方による空襲体験者の朗読
晴天に恵まれ芝生には家族づれも
高橋副代表による閉会の挨拶
参加者による献花
年配の方も若者も参加しての献花

2019年2月13日水曜日

追悼会お知らせ

追悼会のお知らせを町会掲示板に各町会に貼ってもらおうと印刷をしました。例年は手造りでしたが今年は印刷業者の方にお願いし、カラー印刷で作成しました。
実行委員の出来る範囲で各町会に口頭でお願いをしようと分担を決めました。郵送のお知らせの準備も進んでいます
お知らせと実行委員の方達
お知らせ

第25回追悼会準備

第25回追悼会の準備が始まりました。どなたに証言をしてもらうか、どなたの被災体験を朗読するかなど検討をしました。
今年の追悼会は、あくる日が豊島区議会議員と区長の選挙告示日です。区長と多くの区議会議員の方に参加をしていただいてますが、今年はどうかわかりません。多くの方に参加を願おうと町会への働きかけを強めることを決めました。
協議する実行委員

2018年5月19日土曜日

第24回追悼会

第24回追悼会が今年も開催されました。
今年も亡き金石さん制作の横断幕を張りました
今年は公園緑地課が配慮くださり、芝生保護のマットを敷くことを条件に芝生の上も会場を設営できました。
豊島区議会が終わらず議員の方たちの参加が遅れました
被災証言集第3集が完成し、会場受付で希望者にお分けしました。
被災証言集をお分けしている受付
被災証言集が経費が掛かり、区の助成金は半額しか出ない中で、何とか資金のねん出をと豊島情熱基金にも応募しましたが、区長賞の3万円のみでした。
区役所で行われた情熱基金のプレゼンテーションに参加
今年は小田代表が欠席し急遽前野さんが挨拶を代行
今年は小林さんが大学の後輩を連れて2人でお経を
今年の被災体験は加藤さんでした
朗読はききみみずく。今年は天気も良く芝生の上で参加できました。
最後は献花です
献花が続きます
設営、運営と大変な作業を多くの実行委員の方、お手伝いの方がされ、何とか開催が出来ました。また。追悼や様々な思いを持ち多くの参列者があり、今年も追悼会が出来ました。ありがとうございました。

2017年4月24日月曜日

2017年第23回追悼会始まる

追悼会は午後2時150名の参加者で開催されました。
開会のことばは高橋副代表。
小田代表の挨拶があり、来賓で高野区長のお言葉がありました。
司会の宿谷さんの呼びかけで全員で黙とう。
鎮魂のことばで、豊島岡教会の阿部牧師お祈り、大正大学院生時代に参加し今は住職となられた小林さんのお経が続きます。
被災体験は、今年予定の方が奥さんを先日亡くされ、参加はするが悲しみでどうしても喋れないとの事で、今年は省略しました。
朗読はききみみずく。山本澄代さんの「毎日、夜も昼も空襲で生きた心地がなく『今日も一日生きていられるかしら』と朝起きると母に言っていました」加藤宣彦さんの「道は逃げる人の群れ、誰もが黙々と、ただ靴や下駄の乾いた音だけが響く。その群れを追いかけるように焼夷弾が道路一面に降り注いできた」が読まれました。
続いて恒例のみんなで「花」を合唱し閉会のことばは三上さん。
全員で献花をしてお開きとなりました。
設営部隊は、そこから総力でテントをしまい、椅子と机をたたみ、3か所の場所に運びしまいました。それぞれ区の施設ですので17時までに搬入を終えようと頑張りました。
初めての試みで、公園内の喫茶店で追悼会後に懇談会を開きました。
今年は産経新聞が翌朝報道してくれましたが参加者数をカウンターで数えて150名と言ったのですが100名と報道していました。報道は有難いですが少し残念でした。
高橋さんの開会のことば
小田代表のことば(横長会場で横向きで挨拶)
高野区長のお言葉
地元町会から宮城町会長
横長会場で実施
豊島岡教会の牧師様のことば
小林さんの挨拶(この後お経をあげてくれました)
ききみみずくの朗読
三上さんの閉会の挨拶
参加者による献花
献花を終えた区長と参加者の献花
献花を待つ参加者

2017年4月13日

今年も4月13日が来ました。
今年は毎日新聞が事前に追悼会の報道をしてくれました。
天気予報も晴れ。
ただ、公園緑地課が芝生に芝生の種を蒔いて、芝生が使えない事が残念です。
朝8時半に搬入部隊は集合し、レンタカーのトラックで椅子170脚、机10脚、テント2張りを3カ所から公園に搬入。毎年使用の故金石さん手製の横断幕などは乗用車で搬入。
電源になる乗用車も音響設備を積んで会場に。
豊島区新庁舎を背景に設営完了
鳩よけの糸を張りめぐらし立ち入り禁止の芝生
碑の背後に横断幕と前に祭壇設営、マイクも設置
芝生が使えず横長の会場
受付担当も集合し開始を待つばかり

2016年4月16日土曜日

追悼会行われる





4月13日、朝からの小雨も止み、晴天となり、追悼会の時間には日差しの優しい曇り空となりました。




今回の追悼会は会場の南池袋公園の改修工事も終わり、リニューアルした公園で最初の追悼会です。



公園リニューアルに伴い空襲哀悼の碑も長年の風雨で傷ついていたのを補修し、ガラスの覆いを付けていただきました。




また背後に横断幕を設置できるようにポールの設置もしていただきました。





リニューアルのため、区より今年だけは、設置し
たばかりでまだ根づいていない芝生に立ち入らないで欲しいと言われました。






やむを得ず、舗装部分だけの横に長い会場設営となりました。





朝8時30分集合し、9時から区の倉庫よりレンタ
カーのトラックでテント、椅子、机を運び午前中に並べ、13時から最終打ち合わせし、受付を開始しました。



今年は区報が直前の⒒日号でお知らせのアクシデントがありましたが、過去の参加者の方へのお手紙でのお知らせ、豊島区掲示板100枚のお知らせ、協力願える町会の町会掲示板でのお知らせなどを行う中で実数150名の参加がありました。






高橋副代表の開会の言葉で始まり、代表挨拶を受け始まりました。





来賓では、高野区長のお言葉を頂き、初めて区議会の正副議長の参加があり氏名紹介をしました。




黙祷のあと、鎮魂に向けて元大正大学学生の方よりお経を頂きました。




例年受けていた豊島岡教会の牧師様からのお言葉は牧師様の転勤もありお受けできませんでした。




鎮魂の言葉は、当時10歳と4か月で被災され、祖父に背負われ炎の中を避難された方より「忘れることの出来ない鮮明な記憶」として語っていただきました。




その後は朗読で、空襲の中、電話局(現在のNTT)の庁舎に逃げ込み避難した方の「家族と近所の人を守った父」と「空襲下を生き抜いて」では豊島区役所脇で工場をされていた方の被災体験を読ませていただきました。





参加者で「花」唄い、閉会の挨拶は実行委員の前野さんよりいただきました。





先日亡くなられたこの会を作られた一人である前島さんについて語っていただきました。




全員で献花をし閉会となりました。





空襲被災者の方の鎮魂を祈り、平和を願う1時間でした。





実行委員会はこの後今年の反省を行い、来年の準備に入ります。





追悼会会場受付でも申し出のあった被災体験の聞き取りとこれらをまとめて第3集の発行にむけて頑張ります。






委員はその後開場撤去があり、多くの手伝いも
いただきテント、椅子、机をそれぞれの倉庫に運び収納しました。






参加者の皆さん、実行委員の皆さん、手伝いの皆さん、区の関係者の皆さん、ご苦労様でした。