2016年4月16日土曜日

追悼会行われる





4月13日、朝からの小雨も止み、晴天となり、追悼会の時間には日差しの優しい曇り空となりました。




今回の追悼会は会場の南池袋公園の改修工事も終わり、リニューアルした公園で最初の追悼会です。



公園リニューアルに伴い空襲哀悼の碑も長年の風雨で傷ついていたのを補修し、ガラスの覆いを付けていただきました。




また背後に横断幕を設置できるようにポールの設置もしていただきました。





リニューアルのため、区より今年だけは、設置し
たばかりでまだ根づいていない芝生に立ち入らないで欲しいと言われました。






やむを得ず、舗装部分だけの横に長い会場設営となりました。





朝8時30分集合し、9時から区の倉庫よりレンタ
カーのトラックでテント、椅子、机を運び午前中に並べ、13時から最終打ち合わせし、受付を開始しました。



今年は区報が直前の⒒日号でお知らせのアクシデントがありましたが、過去の参加者の方へのお手紙でのお知らせ、豊島区掲示板100枚のお知らせ、協力願える町会の町会掲示板でのお知らせなどを行う中で実数150名の参加がありました。






高橋副代表の開会の言葉で始まり、代表挨拶を受け始まりました。





来賓では、高野区長のお言葉を頂き、初めて区議会の正副議長の参加があり氏名紹介をしました。




黙祷のあと、鎮魂に向けて元大正大学学生の方よりお経を頂きました。




例年受けていた豊島岡教会の牧師様からのお言葉は牧師様の転勤もありお受けできませんでした。




鎮魂の言葉は、当時10歳と4か月で被災され、祖父に背負われ炎の中を避難された方より「忘れることの出来ない鮮明な記憶」として語っていただきました。




その後は朗読で、空襲の中、電話局(現在のNTT)の庁舎に逃げ込み避難した方の「家族と近所の人を守った父」と「空襲下を生き抜いて」では豊島区役所脇で工場をされていた方の被災体験を読ませていただきました。





参加者で「花」唄い、閉会の挨拶は実行委員の前野さんよりいただきました。





先日亡くなられたこの会を作られた一人である前島さんについて語っていただきました。




全員で献花をし閉会となりました。





空襲被災者の方の鎮魂を祈り、平和を願う1時間でした。





実行委員会はこの後今年の反省を行い、来年の準備に入ります。





追悼会会場受付でも申し出のあった被災体験の聞き取りとこれらをまとめて第3集の発行にむけて頑張ります。






委員はその後開場撤去があり、多くの手伝いも
いただきテント、椅子、机をそれぞれの倉庫に運び収納しました。






参加者の皆さん、実行委員の皆さん、手伝いの皆さん、区の関係者の皆さん、ご苦労様でした。


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